仮想通貨リブラが変える世界

  • リブラの登場

 6月18日にフェイスブックが新しい仮想通貨リブラの構想を公表し、2020年前半の運用開始を宣言して以来、その成り行きに注目が集まっている。2009年に登場したビットコイン以降、世界では2000種類以上(時価総額3000億ドル)の仮想通貨が発行されたというが、大半は狭い範囲での流通であり、既存の金融システムへの影響は限られていた。

 しかし、リブラ(古代ローマ帝国の通貨名称)は従来の仮想通貨とは決定的に異なる性格をもっている。第一に、発行主体が巨大企業の集合であり、多数の利用者が見込まれる。世界27億人のユーザーをもつフェイスブックを中心に、決済業界最大手のビザ、マスターカード、ペイパル、さらにライドシェアのウーバーテクノロジーズ、音楽配信のスポティファイ等が参加するという。ビットコインなどは不特定多数の分散型ネットワーク(パブリック・ブロックチェーン)で送金コストを下げているが、リブラは加盟社のネットワーク(プライベート・ブロックチェーン)を用いる。

 第二に、通貨価値の安定を図るために、ドル、ユーロなどの準備金に裏づけられた発行をする(ステープルコイン)。これによって、投機的商品となっていたビットコインとは異なり、流通範囲が広がる。金融庁は、価値の裏づけのない仮想通貨を法定通貨(または法定通貨建て資産)でない一種の金融資産とみていたが(従って暗号資産と命名)、法定通貨とのリンクが確認できれば、仮想通貨とは異なるデジタル通貨として扱われることになろう。

 

  • 通貨当局の猛反発

 リブラ構想の発表に対する通貨当局の反応は迅速だった。米下院金融サービス委員会の委員長は直ちに、議会・当局の審査が必要であり、開発停止を求めるとの声明を発した。イングランド銀行のカーニー総裁は高度の規制が必要と述べ、FRBのパウエル議長は、審査には1年以上かかると発言した。金融安定理事会(FSB)の議長は、6月のG20サミット参加の各国首脳に、高い基準の規制の検討を要請した。国際決済銀行(BIS)の報告書は、巨大IT企業の金融業進出に対する包括的検討の必要性を指摘した。G20、G7の財務相・中央銀行総裁会議でも問題が提起され、IMFは7月半ばにデジタル通貨に関する報告書を作成した。

 このような当局のすばやい反応は、リブラのインパクトの大きさを物語っている。提起されている懸念は多岐に渡るが、整理すると次の4点になる。

 第一に、匿名取引の問題である。資金洗浄、脱税等の不正防止には、取引の本人確認が必要だが、リブラではそこに抜け道が生じるとする。

 第二に、個人情報保護への懸念である。フェイスブックは大量の個人情報を流出させた「前科」があるだけに、資金移動に関する情報流出の懸念が拭えない。

 第三に、金融業界の送金、決済業務が奪われ、やがては預金、融資なども侵食される可能性、またリブラが通貨発行益を得るとすれば、中央銀行の通貨発行益が侵食されてしまう。

 第四に、金融システムへの影響である。無利子のリブラの流通量が増大すれば、通貨当局の金融政策の有効性が損なわれ、またインフレの進行が予測される国から大規模な資本逃避が生じる可能性もある。

 

  • 通貨システムの大転換

 今後、各国政府・通貨当局は連携してリブラ発行への規制策を策定していく。フェイスブックはこれへの協力を表明している。規制と効率・コストとは両立しないが、いずれ妥協が成立するだろう。

 その先の世界を考える場合、二つの点に注目しておきたい。第一は、IT業界と金融業界にまたがるデジタル通貨競争の激化である。そのなかでリブラが勝ち進んでいくならば、まずは国境を越える小口の送金、決済の分野で支配的シェアをとる。それは既存の金融業務の一部への進出にすぎないが、そこで優位に立てば、次に預金・貸出業務にも進出し、中央銀行の統制が及ばない存在になりうる。そうなると金融政策が機能しなくなり、中央銀行の歴史的役割が終わる世界が到来するという事態も、あながち夢物語とはいえなくなるだろう(岩村允『中央銀行が終わる日』)。

第二は、ドル基軸体制からSDR基軸体制への転換である。リブラ構想が注目されるのは、その価値を維持するために、主要通貨のバスケット、つまりSDRを想定している点である。ドルに代わり、SDRを国際通貨システムの基軸にすえるべきだとする意見は、リーマンショック後に、IMF、中国などが唱えてきた。それに加えて、イングランド銀行のカーニー総裁も、8月のジャクソンホール会議(各国中央銀行総裁が参加)において同趣旨の提起を行った。ドルの過剰発行による世界的な金融不安、株価の乱高下、金価格上昇が続く中、リブラはドル体制からSDR体制への転轍機の役割を果たすかもしれない。トランプはリブラについて「支持や信頼性はほとんど得られないだろう」として、ドルが一番と発言したが、ドル体制の終焉を直感したからではないだろうか。

(Political Economy 148号、2019年8月8日)