トランプ政権の再登場で世界情勢はどうなるか

2025年1月20日、第二次トランプ政権(トランプ2.0)が成立する。「米国第一主義」を掲げるトランプ政権の目玉政策は、関税引き上げ、移民排除、大型減税、エネルギー政策転換、規制緩和などだ。いずれも第二次政権誕生を支えた中間層・低所得層の利害関心を意識した政策だが、一時的な効果はあるとしても持続可能とは考えられず、いずれ米国経済を棄損し、世界経済に大きな混乱をもたらすかもしれない。以下では、長期的な覇権構造の変貌も視野に入れながら、トランプ2.0の行方を展望したい。

 

◆トランプ2.0の政策見通し

 1.関税引き上げ

トランプが第一次政権期に中国にかけた追加関税はバイデン政権期にも継続し、税率は20%程度に達している。これにさらに10%上乗せし、最大60%まで課税するという方針が表明されている。一方、3国間自由貿易協定によって市場統合したメキシコ、カナダからの輸入品に対しては、貿易赤字・「不法移民」・麻薬流入等を理由にして25%の関税をかけるという。その影響でカナダのトルドー首相は辞任に追い込まれた。その他の国からの輸入品にも10~20%の課税を提案している。これらの保護主義に基づく関税引き上げが実施されれば、対抗して報復関税がかけられ、世界貿易の縮小、世界経済への打撃をもたらす。米国は関税収入が増えて財政赤字に縮小効果を生む反面、輸入品価格が上昇してコストプッシュインフレを招き、消費の減少などを通じてGDP成長率は1%程度低下すると予測される。ただし、トランプは関税引き上げを2国間取引の手段とみており、そのまま実施されるとは限らない。どの程度実行するか、先行きは不透明だ。

 2.移民排除

トランプは大統領就任初日に国境を閉鎖し、数百万人と見積もられる「不法移民」の流入をストップさせると主張している。そのうえで国境の壁を建設して非正規の移民を完全に遮断し、並行してすでに流入している約1100万人と推計される「不法移民」を強制送還するとの方針だ。しかし、大規模な強制送還はそもそも実施困難なうえ、すでに農業、サービス業などの低賃金労働に従事している人々を排除した場合、労働力不足から賃金上昇が起こり、インフレをもたらすことになる。

 3.大型減税

トランプが第一次政権期に実施した所得税減税は2025年に期限切れになる。これを恒久的に延長するとともに、すでに35%から21%へと引き下げている法人税率をさらに15%まで下げるのが新しい減税政策だ。これによって米国経済は活性化するだろうが、財政赤字の拡大は避けられず、連邦政府債務残高の対GDP比は2024年の99%が2035年には143%に達すると試算されている。基軸通貨ドルの信認を低下させ、持続可能な政策とは考えられない。

4.エネルギー政策転換

バイデン政権は脱炭素政策を展開してきたが、トランプはこれを180度転換、「石油を掘りまくる」と叫び、パリ協定から再び離脱すると予想される。実施中の温暖化ガス排出規制、EV推進策は廃止され、石油・ガス産業に減税などの優遇措置がとられ、増産効果によってエネルギー価格は引き下げられるだろう。これも米国経済を勢いづかせる政策だが、世界的な脱炭素潮流に逆行する施策が果たして持続可能なのか疑問符がつく。

5.規制緩和

イーロン・マスク担当で新設される政府効率化省(DOGE)による規制改革(規制削減、行政改革、予算圧縮)もトランプ2.0の目玉だ。公務員を大幅に整理し、連邦政府予算を3割減少させるきわめて野心的な計画だが、社会保障費の削減を不可避とするものであり、果たして実現可能だろうか。実行した場合、かなりの混乱が起こるのではないか。この他、連邦取引委員会(FTC)、連邦通信委員会(FCC)、連邦準備制度理事会(FRB)等の独立規制機関の大統領権限下への取り込み、テック企業規制(反トラスト法)の緩和、AI開発促進、金融規制緩和など、全般的に規制改革を進める方針のようだ。テスラの自動運転車の普及はその象徴となろう。

総じてトランプ2.0の政策は、対外的にはモノとヒトの自由な移動を制約する保護主義(反自由主義)、国内的には減税・反脱炭素・規制緩和の新自由主義であり、相反する方向性を米国第一主義で統合するという矛盾をはらんだ体系だ。一時的には米国経済の一人勝ち、株高、ドル高をもたらしうるが、やがてはインフレ昂進と財政赤字拡大を引き起こすだろう。そうとすれば一部の政策は意外に早く放棄するかもしれない。2年後の中間選挙まで当初の政策が継続するか注目される。

 

◆米中関税合戦の継続

 トランプ2.0の政策には不確かな面があるが、米中経済戦争がさらに激化することは間違いあるまい。戦線は関税合戦とハイテク覇権争いの2領域で構成される。

関税合戦の経過を簡単にふり返っておこう。第1次トランプ政権は、対中貿易赤字の縮小を狙い、知的財産権侵害を理由に(1974年通商法301条)、中国からの輸入品に対して、2018年7月に第1弾、340億ドル相当の品目に税率を25%引き上げる制裁関税をかけた。続いて8月に第2弾160億ドル、25%、9月に第3弾2000億ドル、10%(2019年5月から25%に引き上げ)へと拡大した。さらに第4弾3000億ドル、10~25%が準備され、ほぼすべての品目が追加関税の対象となった。2019年9月には第4弾の一部が発動され(税率15%)、輸入品全体の7割をカバーするほどの規模に達した。

この間、中国側からも対米輸入品に対して相応の報復関税が発動され、関税合戦が激化する一方、政府間の通商交渉が断続的に行われ、2019年12月、経済・貿易協定の合意に至った。内容は、中国が知的財産保護など米国の要求を一定程度受入れ、合わせて対米輸入の拡大によって貿易不均衡を是正するというもので、第4弾の残りの発動が回避され、実施部分については税率が15%から7.5%に下げられた。しかし、第1~3弾の2500億ドル、25%追加関税はそのままとされた。

2021年1月のバイデン政権成立後も、関税引き上げ措置は継続された。一方、人権問題を重視したバイデン政権は、2021年12月にウイグル強制労働防止法を成立させ、ウイグル産とみなされる物品の輸入差し止め措置を講じた(2022年6月施行)。対象品目はアパレル製品、農産物、化学品など広範な分野に及んだ。さらに2024年に入ると、中国が生産量を増やして価格が低下したEV、太陽光パネルなどの輸入が増加すると見込まれたため、EVには100%、太陽光パネル、旧世代の汎用半導体には50%という高率の関税を課すと決定した。これは大統領選挙対策の意味もあると思われ、中国側は強く反発した。

関税合戦は米中間貿易にどのような影響を与えたのか。米国の対中輸入総額は2000年以降増加基調で推移し、2018年5397億ドルがピークとなり、2019年以降、一時的な増加を挟みながら減少基調に転じ、2023年には4269億ドルへと低下した。米国の輸入全体に占める中国の割合は2017年21.6%から2023年13.9%へと下落し、国別順位は2023年にメキシコに首位の座を明け渡した。米国の対中貿易赤字は2018年の4196億ドルから2023年の2791億ドルへと縮小を記録した。

ただし米国の貿易赤字総額が減少したわけではなく、2018年の8748億ドルが2023年には1兆0621億ドルへと増加している。貿易赤字は、メキシコ、カナダ、EU、それにベトナムをはじめとする東南アジア諸国など、多くの国との間で拡大した。そのなかには、中国からの輸入の迂回経路となった国もあると思われる。たとえばベトナムは中国で操業していた外資系企業および中国企業の移転先として注目されるが、米国の対ベトナム貿易赤字は2016年に比べて2023年には3.3倍に拡大し、1000億ドルを突破している。

高関税による中国からの輸入の抑制、国内製造業の発展を意図した米国の試みは成功したとはいえない。むしろ中国の報復関税によって輸出産業の雇用が減少したという事実が報告されている。

第2期トランプ政権は、中国からの輸入品に対してさらに関税を引き上げようとしている。選挙期間中、一律60%の追加課税を表明したが、仮にこれが実施された場合、米国の消費者物価は1.4~5.1%上昇すると試算されている。おそらく、通商交渉の取引材料としてこうした関税引き上げ策を使っていくのだろう。

 

◆米中ハイテク覇権抗争の拡大

 先端技術をめぐる覇権争いは、軍事覇権と結びつく意味をもつだけに、米国は中国に対する攻勢を強めている。中国のハイテク企業を標的に、調達(輸入)、供給(輸出)、技術供与、投資等の様々な局面で規制を強化し、技術開発を押さえ込もうとしてきた。有力な手法は商務省の輸出禁止措置対象企業リスト(エンティティ―リスト:EL)への登録だ。2016年、まず国営通信機器企業ZTEをリストに載せ、トランプ政権期には通信機器大手ファーウエイと多数の関連企業を追加した。ファーウエイについては第三国からの再輸出も禁止した。また国防総省による中国軍事企業の指定も規制の手法だ。ファーウエイに加えて最近ではネットサービスのテンセント、車載電池のCATLが中国軍と関係する軍事企業に指定され、米国企業との取引が制約されるようになった。

中国企業は先端半導体の調達を輸入に依存していたため、この規制を受けて半導体の国産化に力を注ぐが、今度は半導体製造装置の供給を規制し、有力企業を擁するオランダ、日本にも同調を強要した。バイデン政権下では、輸出規制に加えて投資規制を強化し、先端半導体だけでなく量子コンピューター、人工知能(AI)に関わる対中投資を禁止する措置を準備した。また、情報操作を理由として、人気のある動画投稿アプリ「TikTok」(中国のバイトダンスが運営)の禁止にも踏み込んだ。

こうした米国の攻勢に対して、中国も対抗して対米輸出規制、投資規制、EL作成などに取り組んだ。たとえば米国半導体大手マイクロンを標的に同社製品の調達を停止した。さらに、半導体材料の重要鉱物であるガリウム、ゲルマニウム、アンチモニー、黒鉛などの輸出規制をとった。また、米国側の規制による技術開発の困難に対しては、第三国を介した迂回調達ルートの開拓、外国人技術者の好待遇での受入れなど様々な手段で巻き返しを図った。

その結果、ファーウエイを先頭にして半導体関係のハイテク企業群が成長しつつある。ファーウエイは、先端半導体の調達を阻まれたにもかかわらず、5G対応のスマホの製造に成功し、エヌビディアが独占しているAI半導体についても独自開発も進めている。半導体製造装置やシリコンウエハーを製造する企業も着々と力をつけてきている。いずれは川上から川下までの半導体サプライチェーンを国内で完成させるだろう。またファーウエイは急成長する中国EVを支える有力なサプライヤーとなった。米国による規制がかえって中国のイノベーションを加速する意味をもったといえる。

 

◆グローバル覇権構造の変容

 トランプ2.0は「米中新冷戦」を激化させ、世界を分断していくのだろうか。軍事面ではそうした傾向が生じるとしても、経済を含めた総体としては2大陣営に分かれたブロック化は起こらないのではないか。

 第一に、米国は覇権国(世界のリーダー)としてふるまう役割を放棄し、求心力が低下するだろう。米国第一主義の立場から、軍事力・経済力(GDP規模、基軸通貨ドル)世界1位という超大国の地位は維持するとしても、陣営づくりへの関心は弱まる方向だ。欧州でもアジア太平洋地域でも、軍事負担の肩代わりを強要し、G7(OECD)諸国との距離が開き、結束力が下がる可能性がある。トランプは温暖化防止のパリ協定離脱だけでなく、WHO、WTO、ユネスコ、国連人権理事会などの国際機構からの脱退をほのめかしており、脱退までいかなくとも非協力的になるだろう。

 中国との対抗については、軍事面でAUKUS(米英豪)、米日韓、米日比等の連携枠組みは一応維持するだろうが、経済面では、オバマが注力したTPPから離脱したように、バイデンが創設したIPEF(インド太平洋経済枠組み)からは離脱するのではないか。中国の一帯一路構想に対抗して企画された「インド・中東・欧州経済回廊」構想についても、米国がどこまで関与するかわからない。

 第二に、中国の陣営づくりも見通しは不確定だ。中国は人口減少期に入り、経済成長率は低下しつつあり、GDPが米国を抜く見通しは低くなった。そうしたなかで習近平政権は上海協力機構、一帯一路構想などを通じて、地域覇権国としての地位を高めてきた。地域安全保障を目的とする上海協力機構は正規加盟国が発足時の6カ国から10カ国へと拡大し、オブザーバーなどの参加国は20カ国を超え、中央アジア、中東、東南アジアへとネットワークを拡大した。一帯一路構想を通じた経済圏拡大は、国内不況の長期化に規定されて一時ほどの勢いはないが、中国の経済的影響力はユーラシアからアフリカ、ラテンアメリカに広く及んでいる。貿易金融通貨として人民元はユーロを上回る地位に達した。

 さらに中国は非米連合組織BRICS拡大にも注力してきた。BRICS参加国は当初の中国、ロシア、インド、ブラジルの4カ国から10カ国へと増加し、2024年10月にロシアで開催されたBRICSサミット参加国は36カ国へと拡大した。BRICSはドルに依存しない決済システム、共通通貨、OPECのような穀物取引機構等の創出を追求しており、米国の覇権構造に対抗する性格をもっている。

しかし、上海協力機構やBRICSに集まった諸国の多くは、必ずしも米国(西側)陣営に対抗して中国(およびロシア)の陣営に加わったとはいえない。たとえば、インドは上海協力機構とBRICSの正式加盟国だが、同時にQUAD(米日豪印)という米国主導の枠組みにも加わっている。またインドネシアはBRICS入りの一方、OECD加盟を目指している。ASEANや中東諸国は米国と中国の2大陣営の中間に位置し、国力増強の観点から対外関係のバランスをとっていると考えられる。

BRICSの拡大はグローバルサウスの台頭という意味をもっている。グローバルサウスは、西側先進国に対抗するという観点から中国と歩調を合わせることはあるとしても、第三勢力として独自の存在感を発揮し、多極化時代への道を拓いていくだろう。多極化時代はイアン・ブレマーのいう「Gゼロ」、つまりリーダー不在の世界だが、国際社会が分断され、混迷を深めるとは限らない。トランプ2.0は保護主義を拡散し、世界の分断を加速する恐れがあるが、それに対抗して国際社会が結束を強める可能性も否定できない。グローバルサウスが国連に結集し、欧州諸国を糾合してグローバルガバナンスを創出する方向が考えられる。そこには政府だけでなくグローバルな市民社会運動の参加も不可欠の要素となる。グローバル課題である気候危機や国際課税(国際租税協力枠組み条約)への取り組みが、その可能性を切り拓くのではないだろうか。

 

時代は富裕層課税を求めている

衆議院選挙では国民民主党とれいわ新選組が躍進した。米国大統領選挙ではトランプ元大統領が圧勝した。共通するのは大規模減税の訴えであり、背景には中間層の両極分解、格差の拡大という問題がある。しかし、減税だけでは財政がもたない。格差を是正する増税策をセットで提起すべきだろう。格差是正の有力な手段は富裕層への課税強化ではないか。

 

◆富裕層の資産増加が続いている

 野村総合研究所の調査(2023年3月1日公表)によれば、2021年の日本の超富裕層(純金融資産5億円以上)は、9万世帯、資産総額105兆円にのぼっている。2011年には5万世帯、45兆円だったので、10年間に世帯数は1.8倍、資産総額は2.3倍に増加したことになる。富裕層(1億円以上5億円未満)は同じ期間に76万世帯から139.5万世帯へ、資産は144兆円から259兆円へとそれぞれ1.8倍の増加となった。一方、資産3000万円未満のマス層は、4048万世帯から4213万世帯へ、資産は500兆円から678兆円へと増加幅はわずかにとどまり、相対的にみて格差は広がったと認められる。

  世界的にみると、超富裕層による富の独占はさらに著しい。毎年1月、ダボス会議に合わせてOXFAMが調査を発表しているが、2023年1月の発表では、世界の富裕層1%が富の43%を保有、2024年1月の発表では、過去10年間で世界の超富裕層1%が増大した富のうち半分を獲得したという。

 こうした富裕層への富の集中は、グローバル化とデジタル化の進行のなかで、資本所得が労働所得を上回る状態が続いているためだろう。1980年代以降続いている新自由主義による法人税切下げ、所得税フラット化もこれを促進した。

 日本では、アベノミクスによる異次元の金融緩和が格差の拡大をもたらした。緩和マネーは株式市場に向かい、日経平均は4倍ほどに上昇した。日銀のETF大量買入れ、海外ファンドの参入がこの趨勢を支えた。円安による大企業の利益増大もまた株価上昇を引き起こし、株式を大量に保有する富裕層の資産は増大した。しかし、この間、実質賃金は横這いを続け、GDP成長率は低水準にとどまった。株価上昇は経済成長と結びつかず、資本所得と労働所得の格差拡大が続いた。

 

◆税制の格差是正機能が低下している

格差を是正するうえで税制の役割は大きいはずだが、有効に機能していない。所得税は1980年代には税率が15段階に区分され、最高税率は70%(地方税を加えると88%)に達していた。しかし、バブル崩壊後の1990年代末には4段階、最高税率37%(同50%)へと下がった。現在は若干修正され、7段階、最高税率45%(同55%)へと上がったが、累進性は弱まっているといえる。

一方、法人税の基本税率は1980年代の45%が2010年代には23%へと半減した。地方税を加えると29%ほどとなる。これは世界的な法人税引下げ競争の影響を受けたもので、租税特別措置による減税が加わり、実効税率はさらに低下する。このような法人税減税は企業の純利益を増やし、手厚い配当と内部留保の蓄積をもたらし、株価を上昇させた。これも富裕層に有利に作用したことはいうまでもない。

所得税、法人税の減税によって減少した税収を埋めたのが消費税だ。過去40年ほどの国の税収構成の推移をみると、消費税導入前の1980年代後半は所得税37%、法人税35%程度だったのが、2020年代には所得税31%、法人税21%、消費税32%となっており、逆進性の強い消費税の割合が増えて格差拡大を強めていると考えられる。

さらに問題なのは、金融所得(利子、配当、株式譲渡益等)に対する課税で源泉分離方式がとられ、一律15%(地方税を加えて20%)と低率であるため、金融所得が多い富裕層は所得階層が上がれば上がるほど所得税負担率が下がる傾向にあることだ。所得額が300万円以下の階層の所得税負担率は2%台で、所得が増えるとともに負担割合は増加し、だいたい1億円で27%台の水準に達する。ところがそれを超えると負担率は下がっていき、100億円の階層では17%まで低下する。これを「1億円の壁」と呼んでいるが、負担能力のある階層の負担が軽減されている不公平税制の典型的事例といえる。

 

◆金融所得課税を強化すべきだ

 金融所得課税をめぐる不公平感には自民党政府も問題を感じているようで、かつて岸田首相は分配重視の「新しい資本主義」構想を提起し、その目玉として金融所得課税を強化しようとした。しかし、これに対して株式市場が敏感に反応し、株価が急落する「岸田ショック」に見舞われると、早々にこの政策を棚上げしてしまった。石破首相も同様に金融所得課税を提起したが、またしても株価が下落する「石破ショック」に遭遇し、当面の政策課題から外してしまったようだ。

 この不公平税制を解決するには、金融所得を源泉分離課税ではなく総合課税の対象に統合することが望ましい。とはいえ現状では、多数の金融機関口座に分散している情報を集約することは容易でない。マイナンバーを銀行口座に紐づけすれば情報を統合できるが、それには抵抗が強く、実現には相当の政治エネルギーを要するだろう。

 当面可能なのは、地方税を含めて20%という税率を引き上げることだ。G7主要国をみると、ドイツは26.4%、フランスは30%、米国は段階税率で最高34.8%、イギリスは配当課税が段階税率で最高39.4%など、いずれも日本より高い税率だ。日本でも経済同友会の新浪代表幹事などは25%を提唱している。政府は「資産運用立国」の方針に反するとして消極的だが、富裕層にあたらない新NISA利用者は非課税制度の枠内にある限り影響はない。

 ただし、政府が何もしないわけではなかった。2023年度税制改正では、新NISA非課税枠の大幅拡充と同時に、非常に限定的な「富裕層ミニマム税」を導入した。この制度は、年間所得3.3億円以上の富裕層を対象にして、租税負担率が22.5%に満たない場合には22.5%になるまで差額を追加徴収する措置であり、実際には所得が30億円を超える超富裕層に適用される見込みだ。きわめて例外的な措置であり、対象者はわずか200~300人、税収は550億円程度と予測されている。いかにもアリバイ作りのような富裕層課税であり、今後は対象者を広げ、22.5%という最低税率を引き上げていく必要があるだろう。

  

◆富裕税への挑戦

 富裕層課税の本命は所得への課税ではなく資産への課税だ。相続税・贈与税の最高税率引上げも一案だが、継続的に徴収できるわけではない。富裕層の資産に着目して毎年恒常的に課税する富裕税案は共産党が提示している。対象者は純資産5億円超の富裕層として、5億円を超える資産に0.5~3%の累進税率で毎年課税する案だ。税収は1兆円以上と見込んでいる。

 視野を世界に広げれば、国際協調によって世界の超富裕層の資産に課税するグローバル富裕税の構想が提起されている。2024年G20議長国のブラジルは、財務相会合の議題に超富裕層課税を取り上げるべく、フランスのガブリエル・ズックマンに報告書作成を委託した。ズックマンはトマ・ピケティの指導を受けた経済学者であり、長年にわたりタックスヘイブンに隠された富の所在を追究し、世界規模の金融資産台帳を作成して課税する方法を提案してきた(『失われた国家の富』NTT出版、2015年、参照)。

 2024年6月に公表された報告書はまず、世界の超富裕層(資産10億ドル超)の現状を分析し、巧妙な課税軽減策が駆使されているために効果的な課税ができず、実効税率が逆進的になっている事実を指摘する。そのうえで、世界共通基準として保有資産に2%課税すれば、年間2000~2500億ドルの税収をあげることができるとする。実施上の問題については、超富裕層がタックスヘイブンに資産を隠すとしても、課税権力のグローバルな連携が進んでおり、金融口座情報の自動交換ネットワークなどを使って課税逃れは防止できる、また共通基準に参加しない国に移住するとしても、原居住国が課税権を拡張して対応できるとして、制度の有効性を主張している。

 年間2000~2500億ドルは世界のODA総額に匹敵する規模だ。対象を資産1億ドル超の富裕層約6万人に広げ、税率を3%に引き上げれば、税収は6000億ドルへと増加する。実現すればSDGs達成に大きく寄与するだろう。

 2024年7月のG20財務大臣会合における「国際租税協力に関するリオデジャネイロ閣僚宣言」には超富裕層課税の課題が盛り込まれ、10月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の声明にも継承された。また、進展しつつある「国際租税協力に関する国連枠組み条約」の準備プロセスでは、今後の交渉項目の一つとして超富裕層課税が提示され、COP28を契機に発足したフランス・バルバドス・ブラジルが主導する「グローバル連帯税タスクフォース」でも検討課題の一つに取り上げられている。

 このように格差是正のための富裕層課税は、国内的にも国際的にも関心を集めつつある。実現に至るまでにはかなりの時間がかかるかもしれないが、時代がそれを求めていることは確かだろう。                    (『言論空間』2025年冬号)

軍拡路線で急成長する軍事産業

◆世界的な軍拡潮流に呼応する日本

 ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻が長期化するなかで、世界的な軍備拡張の潮流が生じている。NATOは加盟国32カ国のうち23カ国が軍事費のGDP比2%目標を2024年に達成する見込みという。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2023年の世界の軍事費は前年比6.8%増の2.4兆ドルと過去最高に達した。1位の米国は2.3%増の9160億ドル、2位の中国は6.0%増の2960億ドルだったが、3位のロシアは24%増の1090億ドル、8位のウクライナは51%増の648億ドルへと急増した。その影響で日本は10位から11位に順位を下げたが、11%増の502億ドルと過去最大の増加率を記録した。

 2022年末の安保3文書閣議決定を契機に軍拡路線に突入した日本の防衛関係予算は、2022年度の5.2兆円が23年度は6.6兆円へと当初予算ベースで27.4%増、さらに24年度は7.7兆円へと17.0%の増加だ。軍拡予算の規模は2023~2027年度の5年間総額で43兆円と見積もられているが、1ドル=108円と想定した計画であるため、おそらくさらに大幅な増額になるだろう。軍拡予算の使途は自衛隊員の生活・勤務環境の改善まで含めて多方面に渡るが、ミサイル・戦闘機などの兵器増強が中核となることはいうまでもない。

 

◆「防衛特需」で潤う軍事産業

 安保3文書では軍事産業を「いわば防衛力そのもの」と位置づけ、その育成・強化を強調している。そのための手段として、軍事産業への手厚い利益保証(営業利益率15%)、輸出促進等の様々な支援策を打ち出している。それらは2022年4月に経団連が公表した「防衛計画の大綱に向けた提言」の内容を受ける形で制定されたと考えられる。

 軍事産業の対応は迅速だった。三菱重工は2023年11月に開催した「防衛事業説明会」で、スタンドオフミサイル、統合防空ミサイル(PATRIOT、SM-3、イージス艦等)、無人兵器(航空、海洋、陸上)、次期戦闘機、宇宙機器等の重点事業を説明し、2026年度までに売上高倍増、それに対応して人員2~3割増といった経営方針を表明した。また2024年5月に行った2023年度決算説明では、全体として受注高、売上高、当期利益は過去最高、特に「航空・防衛・宇宙」部門は受注高が7000億円から2兆円へと3倍近く増加したと報告している。これに続く事業計画説明でも、泉澤社長は「国家安全保障へのニーズの急激な高まりに応えることで事業を拡大する」と言明した。三菱重工の株価は2023年末と比較して2024年6月時点で8割高に達し、PBR(株価純資産倍率)は2倍を超えた。

 川崎重工は防衛省向け受注高を2022年度2628億円から23年度5530億円へと2倍以上伸ばした。同社の主力製品は航空機、ヘリコプター、潜水艦などで、決算説明では防衛省向けが「抜本的な防衛力強化という防衛省の方針のもと、需要増や採算性の改善が期待できる」と記している。IHIは23年度決算説明資料で、防衛省向け航空エンジン・装備品の受注高が2022年度の1156億円から23年度の2684億円へと2.3倍に増加して過去最高を記録、24年度はさらに上回る見通しと説明した。また「成長事業について(民間エンジン・防衛・宇宙事業)」と題する資料では、「防衛力強化」の7つの重点分野を示し、「当社の強みが発揮できる分野に特に大きく予算が割り当て」と期待を滲ませている。

 その他、NEC、三菱電機、日本製鋼所なども受注を伸ばしている。軍事産業の裾野は広く、戦闘機1100社、戦車1300社、艦船8300社にのぼるといわれており、「防衛特需」の影響は多方面に及ぶと想定される。

 

◆際限のない武器輸出へ

 軍拡予算に対応して生産能力を増やした軍事産業は、海外市場への輸出拡大を追求することになる。第二次安倍政権は発足早々、「武器輸出3原則」を「防衛装備移転3原則」へと変更したが、殺傷兵器の輸出に関しては抑制的だった。ところが岸田政権は安保3文書の閣議決定とともに、3原則運用指針の全面的転換へと踏み込み、自民党・公明党の一部議員の検討を経て、23年末には一部殺傷兵器輸出の限定的解禁、さらに24年3月には戦闘機の輸出容認に至った。これには、イギリス・イタリアとの国際共同開発品に限るなどの条件が付与されたが、そんなものは今後いくらでも変更できるだろう。問題は、こうした重要な政策変更を閣議決定のみで進めていることだ。米国などは兵器輸出について議会がチェックする仕組みをもっており、日本も国会にそのような役割をもたせるべきではないか。

 この間、防衛省は軍事産業に働きかけ、内外の兵器展示会・商談会への参加を促してきた。

国内では2022年から在日米軍との取引を想定した商談会「インダストリーデー」を開催、また中小企業の軍事産業関与を狙って「防衛産業参入促進展」を東京・大阪で開いている。

海外では、23年9月、ロンドンで開かれた欧州最大の兵器展示会「DSEI」に日本企業8社が出展、11月にはシドニーで開催された展示会「インド・パシフィック」に初めて日本企業10社が参加した。さらに24年2月の航空機関連展示会「シンガポール・エアショー」に初めてブースを設け、日本から13社が出展した。

 このような防衛省と軍事産業の一体化した武器輸出に向けた動きに対しては、厳しく監視していく必要があろう。   (POLITICAL ECONOMY、264号、2024年7月1日)

米中覇権争いの構造と展望

はじめに

 21世紀に入り、米国の総合国力の低下と中国の台頭によって、世界の覇権構造(「国際秩序」)に大きな変動が生じつつある。米国の政治学者グレアム・アリソンは、新興国が覇権国に挑戦するとき、危険な緊張、衝突が生じうることを「トウキディデスの罠」と捉え、米中戦争の可能性を示唆した(グレアム・アリソン『米中戦争前夜―新旧大国を衝突させる歴史の法則と回復のシナリオ』ダイヤモンド社、2017年)。米国の軍幹部、CIA長官などからは、2027年あたりで中国が台湾に武力侵攻するとの予測が流され、米中軍事衝突の危機が煽られている。

 ロシアがウクライナ侵攻を続けるなかで、米中覇権争いは深刻化する一方にみえる。しかし、一部のハイテク分野を除けば、貿易や投資の双方向の動きは維持され、断絶とはほど遠い状況だ。対立と相互依存の両面をどう統一的に理解すればよいのか。以下では、米中覇権争いの複合的な構造について、米中両国の国力・覇権意思、貿易の動向、ハイテク分野の攻防などを検討したうえで、今後の展望を試みたい。

 

1.米中の総合国力の接近

 覇権国になるには、能力(総合国力)と意思の両要件が揃う必要がある。そこでまず、総合国力のいくつかの要素を比較してみよう。

 GDPをみると、2000年に米国は10兆ドルを上回り、世界GDPの30%超のシェアを誇っていた。WTO加盟直前の中国は1兆ドルを超えた程度、世界の3.5%、米国の12%ほどにすぎなかった。その後、中国は高度成長を続け、2010年に日本を抜いて世界第2位になり、2021年には18兆ドル(世界シェア18.3%)に達した。米国は23兆ドル(23.7%)だったので、中国は米国の77%まで迫ってきた。この勢いが続けば、2030年代には追い抜くという予測が成り立つ。 物価水準を評価した購買力平価基準ではすでに2010年代半ばに追い越しているとの指摘もある。

 貿易規模はどうか。中国の輸出の伸びは目覚ましく、2009年に世界第1位になり、2021年には34兆ドル(世界シェア15%)に達し、米国の2倍近い大きさになった。輸入では2009年以降、米国に続く世界2位の位置にあり、2021年は27兆ドル(世界シェア12%)、米国の92%の規模に到達した。中国は輸出超過、米国は輸入超過が続いていて、これが米中貿易戦争の一因をなしている。2021年の世界貿易収支ランキングをみると、中国は6752億ドルの黒字で世界第1位、米国は1兆1810億ドルの赤字で世界最下位にある。

 このように貿易面では中国が米国よりはるかに強力になっているが、米国はドルが基軸通貨の地位を維持している点で強みをもつ。国際決済でのドルのシェア44.2%に対して人民元は3.5%にすぎない(2021年)。各国政府が保有する外貨準備では、ドル59.5%、人民元2.4%と大差がついている。対外直接投資でも、2021年の残高ベースで米国は世界全体の23%を占め、中国(6%)を引き離している。

 次に軍事力を比較してみる。軍事費は米中ともに増大を続けていて、2022年の米国は7666億ドルで世界第1位、中国は2424億ドルで第2位を占めている。総額でみる限り、その差はなお大きい。核弾頭保有数は米国5425発に対して中国は350発と開きがある。ただし、2035年までに1500発程度に増強する見通しという。各種兵器数もまた総数では米国が中国をかなり上回っている。しかし、米軍をインド太平洋軍に限定するならば、戦闘機、戦闘艦艇、潜水艦それぞれで中国軍は米軍の5倍の規模を備えている。またサイバー空間、宇宙空間などの新領域では、中国が米国に匹敵あるいは一部優勢にあるかもしれない。

 全体として総合国力は米国が中国を上回っているが、その差はかなり縮まりつつあり、米国は危機感を高めている。

 

2.中国の覇権戦略と米国の対抗策

中国は、総合国力の増大とともに、地域覇権(帝国の形成)への意思を示しはじめる。2000年代初めまでは「韜光養晦」路線のもと、大国主義的態度は抑制されてきたが、2000年代中ごろから「平和的台頭論」、さらに「新型大国関係論」などの表現が用いられていく。そして2012年末に成立した習近平政権は、「中華民族の偉大な復興」を掲げ、経済力と軍事力を駆使した大国主義政策を展開することになる。

地域覇権を目指す対外戦略としては「一帯一路」構想があげられる。これは2015年に公式に打ち出された重要政策であり、中国の資金、資材を周辺国に投入し、インフラ建設を通じて中国を軸とする巨大経済圏を構築しようという壮大な構想である。その範囲は中央アジア、南アジアから欧州、アフリカに及び、何らかの協定を結んだ国は150カ国以上とされる。この構想に沿って、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が設立された(本店・北京)。

「一帯一路」構想を補完する地域協力機構として、2001年設立の上海協力機構(SCO)がある。SCOの前身は1996年発足の上海ファイブ(中国、ロシア、カザフスタン、タジキスタン、キルギス)であり、当初は国境地帯の信頼醸成を図る機構だったが、2001年にウズベキスタンを加えて地域協力機構に格上げし、その後、インド、パキスタン、イラン等が正式加盟するとともに、南アジア、中東諸国が対話パートナー、オブザーバーとなるなど、欧州以外のユーラシア諸国が参加する安全保障機構へと拡大を遂げている(本部・北京)。

さらに中国が覇権国家になる意思を明確に表明したのが、2015年に打ち出された「中国製造2025」という国家戦略だった。これは2025年、さらに2035年、2049年を目標にハイテク分野を中心にして産業技術力を先進国水準に引き上げる行動計画であり、海洋、宇宙、サイバーなど軍事分野の飛躍的強化を意図した戦略といえる。

米国は、中国の大国化に対して、当初は支援・関与策をとっていたが、2010年代前半に警戒・対抗策へと大きく転換していく。中国の東シナ海・南シナ海への進出、「一帯一路」、「中国製造2025」の発出がその契機と考えられる。中国の躍進を抑制するべく、オバマ政権はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を通じた中国封じ込めを画策するが、協定成立直後にトランプ政権が脱退して、この試みは変質した。トランプ政権は「アメリカ第一主義」を掲げ、米国の貿易赤字の主因である対中国貿易を規制し、赤字解消を図る米中関税戦争を仕掛けていく。4段階に及ぶ中国からの輸入品に対する関税引上げは、中国側の対抗的関税引上げを招き、米中間の貿易は大きく混乱した。

次に米国は、安全保障へのリスクを理由にして、中国の通信機器メーカーを標的に、製品購入、半導体供給等を規制し、経営基盤・技術開発力を押さえ込む政策を発動していく。そして対象企業、対象品目を拡大するとともに、米国の友好国にもこれに同調するように誘導していく。

バイデン政権は、「国家安全保障戦略指針」のなかで中国を、「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と規定し、米中間の貿易・投資活動への規制を強めるとともに、中国包囲網として、軍事面ではAUKUS(米英豪の軍事同盟)、総合安全保障面ではQUAD(日米豪印の戦略対話)、通商面ではIPEF(インド太平洋経済枠組み)などを組織していく。これらはすべて、中国の覇権国家化を容認しないとする米国の国家意思の発動にほかならない。

 

3.米中貿易戦争の帰趨

トランプ政権は2018年7月以降、中国からの輸入品に対して総額3700億ドル相当の物品に関税を上乗せし、貿易戦争の火蓋を切った。この金額は対中輸入全体の7割以上を占めるもので、中国も対抗して米国からの輸入品に同等に近い規模の関税引き上げを行った。トランプ政権の貿易戦争発動の理由は、中国に知的財産権侵害等の不公正行為に是正を迫ることだったが、同時に米国の国内産業を保護し、過大な貿易赤字の縮小を図る狙いももっていた。

2022年にバイデン政権は、インフレ対策を意図して対中制裁関税の引下げを検討したが、国内の対中国強硬派の意向を無視できず、政策変更を見送った。

貿易戦争を経るなかで、米中間貿易はどう変化したのか、表1,2からうかがってみる。

第一に、米国の中国からの輸入は2019~20年に減少したものの、21年以降は元にもどっている。この変化はコロナ禍による経済の縮小と回復の影響を受けていると考えられる。この間、米国の輸入に占める中国のシェアは確かに減少を続けていて、ベトナム、タイ、インドなどのアジア諸国やメキシコがシェアを伸ばしたとみられる。中国側からみても、輸出に占める米国のシェアは一定の減少を示した。

第二に、米国の対中国貿易収支赤字は、金額ではそれほど変化がみられないが、割合は着実に低下した。中国の貿易収支黒字に占める米国の比率も一定の低下を示した。

こうした変化を認めるとしても、米国の中国からの輸入(中国の米国への輸出)がきわめて大きいことに変わりはない。中国のシェアを奪ったベトナムなどの対米輸出品のなかには中国製部品がかなり含まれている可能性がある。今後、米国は戦略的に重要な品目(ハイテク関連の電池・医薬品原料等)の調達については、過度の中国依存を回避していくと予想されるが、対中輸入規制が一般的な電子機器、プラスチック製品などまで波及していくとは考えにくい。

 

表1 米国の対中国貿易の推移                                                                                                             

                                                                                                   (単位:億ドル、%)                

                 輸出                         輸入                                          貿易収支                

                 金額        シェア    金額        シェア    金額        シェア    総額

2017        1,299       8               5,055       22            -3,756     47            -7,957

2018        1,201       7               5,397       21            -4,196     48            -8,748

2019        1,064       7               4,517       18            -3,453     40            -8,543

2020        1,245       9               4,347       19            -3,102     34            -9,111

2021        1,514       9               5,049       18            -3,535     33            -10,768

2022        1,400                        5,000                        -3,600                     

出所:JETRO「世界貿易投資動向シリーズ」各年版                                                                     2022年は「日本経済新聞」2023年2月8日(1~11月のデータ)                                                                             

表2 中国の対米国貿易の推移                                                                                                             

                                                                                                   (単位:億ドル、%)                

                 輸出                         輸入                                          貿易収支                

                 金額        シェア    金額        シェア    金額        シェア    総額

2017        4,298       19            1,539       8               2,758       65            4,225

2018        4,784       19            1,551       7               3,233       92            3,518

2019        4,187       17            1,227       6               2,960       70            4,219

2020        4,518       17            1,349       7               3,169       59            5,350

2021        5,761       17            1,795       7               3,966       59            6,765

出所:JETRO「世界貿易投資動向シリーズ」各年版                                                                                                       

また、米国から中国への直接投資(企業進出)に大きくブレーキがかかっているとは認めがたい。世界の対中国直接投資は2016年の1260億ドルから2021年の1735億ドルまで、コロナ禍にもかかわらず5年連続で過去最高を更新し続けている。むろん一部ハイテク分野の中国企業の対米投資、また米国企業の対中国投資には規制が厳しくなっており、米国企業の対中国投資は減少している。とはいえ、電気自動車のテスラをはじめとして、中国を生産拠点とする企業の多くが撤退するといった状況ではない。追加投資を中国からインドなどに移すなどの対応がみられる程度だ。

全体として米中間の貿易面、投資面における双方向の流れは、なお継続しているとみることができる。政治的対立が経済的断絶(デカップリング)をもたらすわけではない。政治と経済の分裂とみるべきだ。

 

4.ハイテク覇権の攻防

 米中間で全般的な貿易・投資活動が継続している半面、ハイテク分野は安全保障への影響が大きいため、対立が先鋭化している。米国が中国のハイテク企業、とりわけ通信機器メーカーのファーウエイを標的にしたのは、サイバー空間における覇権の奪取を危惧したからだろう。ファーウエイは2015年に通信設備売上高で世界第1位になり、高速通信規格「5G」開発の先頭に立っていた。スマホ出荷台数でも、2020年には一時的に世界のトップに位置した。しかし米国の圧力により、一方では先進国市場から締め出され、他方では高機能半導体の調達が不可能となり、国内部品調達、国内販売へとシフトせざるをえなくなった。

米国の攻撃対象はその他のハイテク機器メーカーへと拡大し、監視カメラのハイクビジョン、ダーファなど、さらにはドローン、太陽光パネル、遺伝子(バイオ)へと広がり、2022年末には633企業・団体が輸出禁止リスト入りすることになった。米国は、中国ハイテク企業に対して、部品だけでなく人材やソフトウエアの供給も止めにかかっている。2023年に入ると、ITサービス企業バイトダンスの動画投稿アプリ「ティックトック」が標的とされ、データの流出を理由として事業売却あるいは一般利用禁止の動きとなった。米国の友好国も同調を要請され、日本やオランダの半導体製造装置メーカーは輸出規制に取り組みつつあり、サプライチェーンの分断が進行している。

中国は最終製品の製造では世界首位が多いとはいえ、半導体などの基盤技術では遅れをとっている。開発のためには先進的な技術、人材が必要だが、その供給も制約されている。

高機能の半導体、半導体製造装置、ソフトウエアなどの利用が止められるならば、中国はハイテク覇権争いで遅れをとることは避けられず、半導体国産化率の上昇は計画どおりには進まないだろう。

 しかし、中国のハイテク開発の潜在力は大きい。人材面では、中国の理工系大学を卒業する学生数は年間400万人で、米欧日インドの合計よりも多いという。科学技術分野の研究者数は米国をはるかに上回る。これを反映して科学技術論文の国別ランキングでは、量的にも質的にも世界のトップに立っている。オーストラリアのシンクタンクASPIの調査によれば、先端技術の影響力ある論文数(2018~22年)で、44分野のうち37分野で中国が第1位を占めた(朝日新聞2023年3月3日)。日本経済新聞の調査では、人工知能関連論文数は2021年に米国の2倍、注目論文数(引用数上位10%)は米国の1.7倍に達した(日経新聞2023年1月16日)。半導体の国際学会の論文数でも2023年に中国が初めて米国を抜いた(日経新聞2023年3月7日)。

この結果、国際特許出願件数では中国が2019~22年、4年連続世界第1位となっている(日経新聞2023年3月3日夕刊)。次世代エネルギー技術の核融合でも中国が特許競争力の首位に位置する(日経新聞2023年2月23日)。高機能半導体は技術覇権争いのすべてではない。たとえば、人工知能分野で中国が世界を主導し、ルール形成を主導する可能性も否定しきれない。

 

5.覇権構造の転換―2極化から複合型へ

 世界は新冷戦を深化させていくのだろうか。米中はそれを見据えて覇権構築策を進めている。ウクライナ戦争はその決定的な契機となった。

 米国はロシアを押さえ込むべくNATOを強化し、インド太平洋では中国を包囲する軍事ネットワークを編成しつつある。また情報通信技術分野では中国を封じ込め、世界を分断しようとしている。

中国はロシアを抱き込む一方、グローバルサウスへの影響力拡大を図っている。一帯一路構想は、「債務の罠」などの悪評が生じたため手直しを図り、「グローバル開発イニシアチブ(GDI)」、「グローバル文明イニシアチブ(GCI)」といった新たな概念を打ち出して目先を変えようとしている。サウジとイランの外交正常化に仲介役となったことは、中国外交の成果といえる。また、米国によるロシア制裁に、ドル決済システム(SWIFT)が威力を発揮したとみて、別の決済システム(CHIPS)の整備を進め、人民元決済圏の拡大を企図している。

しかし、こうした米中の覇権争いは、軍事面では先鋭化する一方、世界が2大覇権国並立の状況には至らないと予想される。その理由の第一は、米中ともに総合国力が低下していくことである。米国はアフガン・イラク戦争の失敗以降、国際的権威を低下させ、国内的には政治的分断が修復不能な状況に陥った。中国は自国中心主義が各国の警戒・反発を招く一方、人口減少・少子高齢化社会に向かい、経済成長が減速し、社会保障負担が重くなり、共産党統治体制は不安定化していく。

第二に、グローバルサウスが台頭し、米中に続く第三勢力を形成、米中の覇権を相対化する。その代表格のインドは、中国が主導するSCOに参加する一方、米国主導のQUADにも加わり、両陣営のいずれにも深入りしないしたたかなスタンスをとっている。インド、ブラジル、南アフリカ、トルコ等とそれに続く新興国・途上国は、特定の1国でなく国家連携によって国際政治に発言力を増す。国連でロシア批判票が意外に伸びなかったのは、2大陣営のいずれにも属さないとするグローバルサウスの国家意思の現れだろう。

加えて、グローバル経済に利益を見出すグローバル資本は、2大陣営への世界の分断を受け入れず、隠然と抵抗するだろう。また、気候危機などのグローバル課題に取り組むグローバル市民社会運動も、世界の分裂を認めないだろう。

それでは今後の世界覇権構造はどうなっていくのか。イアン・ブレマーは、米国1国覇権後退後の世界について、G2(米中協調)、米中新冷戦、G20(多国間協調)、地域分裂世界の4つのシナリオを提示している(『「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者はだれか』日本経済新聞出版社、2012年)。またインド出身の国際政治学者アミタフ・アチャリアは、パワーバランスの変化だけに注目する見方を否定し、中心軸が存在しないなかで、様々な部分が互いに複雑に依存しあう「マルチプレックス(複合型)世界」というイメージを提唱している(『アメリカ世界秩序の終焉―マルチプレックス世界のはじまり』ミネルヴァ書房、2022年)。

おそらくは、単なる多極化ではなく、相対的に国力の大きい米国、次いで中国、さらにEU、インド、その他諸国が階層構造をもって複合的に並存し、そのなかで非国家主体であるグローバル資本、市民社会組織が存在感を増していき、様々な対立と依存の組み合わせが生じる世界へと至るのだろう。それが安定的なものになるのか、混乱を繰り返すものになるのか、そのカギは国益、私的利益を超えて持続可能で公正な社会を求める世界の社会運動が握っているのではないだろうか。

(2023年4月5日、ピープルズ・プラン研究所ウエブサイト:https://www.peoples-plan.org

米中覇権争いと日本の隘路

中国共産党第20回党大会において習近平総書記は、「中国の特色ある大国外交を推し進め、覇権主義と強権政治に反対」すると述べた。覇権主義は米国を指すと思われるが、「中国の特色ある大国外交」もまさに覇権主義に相当するだろう。習近平報告の数日前、バイデン米政権は「国家安全保障戦略」を発表し、中国を「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と規定した。

 トランプ政権期に表面化した米中覇権争いは、今後長期に渡って継続すると考えられるが、グローバル経済下の「米中新冷戦」はかつての米ソ冷戦とは性格を異にしている。以下では米中経済関係の対立と依存の入り組んだ構造を概観し、その狭間で埋没しつつある日本経済の位置を明らかにしたい。

 

◆米中新冷戦の陣形

 中国の勢力圏づくりは、安全保障面では上海協力機構、経済面では「一帯一路」構想に即して進行してきた。中国、ロシア、中央アジア諸国で2001年に結成された上海協力機構は、その後インド、パキスタンをメンバーに加え、最近はイラン、トルコ、さらにエジプト、サウジアラビアなどへの拡大を志向し、総じてユーラシアにおける非米国家連合の趣きを呈してきている。

 一方、中国中心の経済圏構築を目指す「一帯一路」構想は、中国の資金、資材、労働力等を用いて各地にインフラを建設するプロジェクトとして展開しつつあり、その範囲は東欧、アフリカにも及んでいる。中国が2000~2017年に世界各国に供与した開発協力資金は8000億ドルを超え、米国を凌いだと推計されている。こうした融資によって、GDPの10%以上の対中国債務を抱えた国が44カ国に達したという調査もある(日経新聞10月13日、11月5日)。

 ただし、高利の過剰な融資によって返済が滞るケースが相次ぎ、「債務の罠」の悪評が生じるとともに、中国側の資金事情も悪化したため、近年は規模を縮小させている。習近平の報告で「「一帯一路」建設の質の高い発展を進める」と述べたのも、そうした事情の反映と思われる。

 この他、東アジアについては、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が15カ国によって2022年に発効しているが、経済・貿易規模の点で、中国が中核に位置することは明らかだ。日本はインドを加えて中国を牽制する狙いであったが、インドは参加を見送っている。

 こうした中国の対外拡張政策に対して、米国は「自由で開かれたインド太平洋」構想を対置し、中国の影響力拡大の抑制を試みている。その表れが、軍事面ではAUKUS(米英豪)、外交・経済安全保障面ではQuad(日米豪印)、経済面ではIPEF(インド太平洋経済枠組み)14カ国の組織化だ。IPEFに先立って、TPP(環太平洋パートナーシップ)が結成され、当初は米国主導のもと、中国を牽制する狙いであった。しかし、トランプ政権が離脱を決定し、バイデン政権もこれを継承する一方、中国が加盟の意向を表明するなど、性格が変わってきている。

 以上のような中国と米国の陣形配置は、かつての米ソ2大陣営の対立構造とはかなり異なっている。第一に、イデオロギーに基づく結集というよりは、国益に基づく集合であり、それぞれの凝縮力はそれほど強固でない。民主主義と権威主義の対立という図式もあるが、境界線は曖昧だ。第二に、グローバル経済の時代を反映して、経済活動では貿易と投資の相互乗り入れが活発に行われている。デカップリング、ブロック化を過大にみるべきではない。

 

◆米中経済分断の進行と限界

 トランプ政権が発動した米中関税合戦は、バイデン政権下でも継続しているが、ここにきて高インフレ対策として見直しに着手する動きが出ている。ただし中間選挙等の政治情勢に規定され、具体化には至っていない。

 他方、軍事利用に直結する情報通信関連のハイテク覇権争いは一段と激化しつつある。トランプ政権は、中国最大の通信機器メーカーであるファーウエイを標的とし、米国からの半導体など中核部品の供給と完成品の調達を厳しく規制した。中国側は半導体の自給化を進めたが、高機能品の代替は進まず、ファーウエイは事業基盤を海外から国内にシフトせざるをえなくなった。

さらにバイデン政権は、人工知能やスーパーコンピューターなどの開発に要する先端半導体、製造装置、技術者等が中国へ流出しないように全般的に規制を強化した。日本、オランダなど、半導体製造装置の有力メーカーを擁する国家にも同調を要請している。

こうした措置によって中国の先端半導体開発は遅れをとるであろうが、それが中国の「製造強国」化を大きく制約するとは考えられない。中国が技術開発を推進する潜在力は非常に大きい。たとえば、文部科学省科学技術・学術政策研究所が最近公表した国別科学技術指標によれば、中国の科学技術論文は量的にも質的にも米国を抜いて首位に立っている(ちなみに日本は10位以下に沈んでいる、日経新聞8月10日)。毎年卒業する理工系学生数は400万人規模という。

中国が米国と鎬を削る分野はいくつもある。宇宙開発では中国独自の宇宙ステーションが完成に近づきつつあり、次世代高速通信(6G)の中核技術の特許出願数では中国が米国を上回っている。自動運転技術では米国が中国を一歩リードしているが、その差はわずかだ。

中国の経済力の大きさが、米国による中国抑制策を限界づけている。中国の貿易規模は2013年以降、米国を抜いて世界最大であり、各国とも中国への依存度は高い。米国にしても、関税合戦にもかかわらず、中国からの輸入は2018年1~9月と2022年1~9月を比較すると、国別比率では21%から17%へと低下したものの、絶対額では増加しており、依然として最大の輸入相手国であることに変わりはない。中国の比率低下の穴を埋めたのはベトナムをはじめとする東南アジア諸国であるが、そこへは中国の輸出が伸びており、東南アジア経由で対米輸出ルートを築いた可能性もある。中国への対抗を意図したIPEFにしても、そのメンバー国のすべてで中国は米国を凌ぐ貿易相手国となっている。

覇権争いの主戦場である半導体をみても、米国企業が中国市場から撤退するわけではない。11月に上海で開催された中国国際輸入博覧会には、クアルコム、AMD、インテル、TI等の有力メーカーが規制対象外の半導体売り込みを狙って参加をしている。製造装置メーカー、ソフトウエア大手も同様だ。

 

◆日本経済の中国依存度の深化

 2021年、中国のGDPは日本の3.6倍、貿易規模は4倍に達している。米中対立の狭間にあって、軍事的に米国に依存する日本は、経済的には長期的に中国への依存度を深めている(以下は拙稿「2010年代における日中経済関係の深化」『中央学院大学現代教養論叢』4巻1号による)。2000年から2019年にかけて、日本の貿易相手国として米国と中国の比率がどう変化したかをたどってみると、輸出では米国が29.7%から19.8%へと減少する一方、中国は6.3%から19.1%へと大きく上昇した。香港を含めると23.8%となり、米国を上回る。輸入では米国が19.0%から11.0%へと低下する一方、中国は14.5%から23.5%へと増加した。

 注目すべきは中国からみた日本の比率の変化だ。同じ期間に輸出では16.7%から5.7%へ、輸入では18.4%から8.3%へと日本の地位は低下している。かつては中国の対日依存度が大きかったが、今や日本の対中依存度が上昇する反面、中国からみた日本の存在感は大幅に下がっているのだ。

 品目別にみると、中国依存度の上昇はさらに明らかになる。輸出品の中分類上位10品目では、中国比率30%以上は2010年の2品目が2019年に4品目(半導体等製造装置、プラスチック等)へと増加した。輸入品では2019年の中分類計38品目のうち中国比率70%以上が2品目(通信機、電算機類)、50~69%が7品目もある。食料品輸入に占める中国の割合もきわめて高い。野菜、加工魚の50%以上が中国産だ。肥料も50%以上を中国から輸入しており、コメの生産に欠かせないリン酸アンモニウムはほぼ全量中国が供給している(日経新聞10月20日)。仮に台湾有事などで日中貿易が途絶するとすれば、その打撃は計り知れない。2022年の中国のゼロコロナ政策程度でも日本が受けた影響は大きかった。

 日本企業の進出先としての中国の位置もきわめて重要だ。製造業の直接投資残高を国別にみると、2019年時点で全世界80兆円のうち、米国20兆円、中国9兆円であり、米国が中国の2倍以上ある。しかし、投資収益をみると2019年の場合、中国1.6兆円、米国0.9兆円となり、中国が米国を上回る。自動車と電気機器産業がその主要部分を占めている。

 このような日本経済の中国依存度の深まりをみるならば、米中対立の構図のなかで米国側につき、中国との軍事的緊張を高め、経済的に断絶する選択(ゼロチャイナ)は考えられない。中国が対日牽制策として、日本が不可欠とする品目の供給を規制してきた場合、日本側が負うべきコストは甚大なものとなる。経済安全保障政策(サプライチェーンの貼替え)ですべてをカバーできるべくもない。そうである以上、長期に渡る米中覇権争いのなかで、中国との軍拡競争に陥ることなく外交力を発揮し、東アジア規模での総合安全保障構想を打ち出していくことが求められているといえよう。    (『現代の理論』2023年冬号)