経常収支黒字縮小に経産省の焦り

経常収支黒字縮小に経産省の焦り

                       POLITICAL ECONOMY 33号

                       2015年8月9日

 7月3日、経済産業省は2015年版『通商白書』を発表した。この白書は1947年から刊行されており、今回が67回目になるが、毎年の世界経済や日本の対外経済関係を概観するとともに、その時点での日本の対外経済政策の課題を書き込んでいる。今年の白書では、「「日本を活かして世界で稼ぐ」力の向上のために」と題した第Ⅱ部に、経産省の問題意識が表明されている。

 

  • 日本の「稼ぐ力」は落ちている

「世界で稼ぐ力」とは何か。その内容は、「輸出する力」、「呼び込む力」、「外で稼ぐ力」の三つからなる。「輸出する力」とは文字通り輸出を増やして外貨を稼ぐ力のことで、円安にもかかわらず輸出があまり伸びないのはなぜか、その要因を分析している。要因として、海外需要の低迷、企業が輸出価格を下げないことによる輸出数量の伸び悩み、国内生産から海外生産のシフトなどをあげる。特に問題点として、世界的に需要が伸びている品目に対して日本の輸出が対応できておらず、中国、米国、ドイツ、さらにはイギリス、韓国などにも遅れをとっている点が指摘される。対策として、ドイツのIndustrie 4.0、米国のI o T (Internet of Things) のような先進的なビジネスモデルへの取り組みが必要という。

 「呼び込む力」は、観光客とグローバル企業の受け入れを増やす力のことだ。観光客の呼び込みについては、確かにここ1~2年の訪日外国人数とその消費は過去最高を更新しており、白書では、受け入れ環境整備、日本の魅力(食、自然、文化)への認識の深まり、販売商品への信頼性などを要因にあげているが、円安効果、中国・台湾・韓国等の近隣地域の所得水準上昇も大きいだろう。これに対してグローバル企業の呼び込みは、なかなか実績があがっていない。対策として、イスラエル、スイス、台湾のような規模は小さくともイノベーション力のある国・地域に学ぶべきという。

 「外で稼ぐ力」とは海外に進出した企業の利益率を上げることであり、配当の全般的増加、中国進出企業の配当性向の高水準などを評価する一方、他国のグローバル企業と比較すると日系企業の力は劣っていると指摘する。2006年度から2013年度までの主要なグローバル企業の業績を比較すると、売上高成長率・営業利益成長率はアジア系、米系、欧州系、日系の順、売上高営業利益率(2013年度)は米系、欧州系、アジア系、日系の順となり、日系企業の弱さが示された。弱さの原因として白書は、日系企業の多角化戦略が成長性、収益性を下げているとして、グローバル経営力の強化を課題にあげている。

 

  • 経常収支赤字転落に危機感

以上のような三つの領域を合わせて経産省がことさら「世界で稼ぐ力」を強調するのは、日本の経常収支の黒字幅が急速に縮小し、近い将来赤字に転落するのではないか、という焦りがあるからだろう。実際、かつて大幅な経常収支黒字によって「黒字国責任」を追及された時代とは様変わりして、ここ数年の黒字幅減少は急激なものがある。すなわち、2010年の19.4兆円が2014年にはわずか2.6兆円へと激減した。2015年は若干持ち直すと予想されるが、長期減少傾向は否めない。その主因は2011年以降の貿易赤字の拡大であり、2014年には10.4兆円の赤字を計上した。これをカバーするのが海外投資収益の還流による第一次所得収支の黒字であり、2014年は18.1兆円を記録した。サービス収支は訪日外国人が増えたといっても全体として赤字項目であって、総合的にみれば経常収支黒字をいつまで維持できるか、経産省の懸念は今後も解消しないのではないだろうか。

 

付加価値貿易統計の出現

付加価値貿易統計の出現

                         経済分析研究会メルマガ7号

                         2013年7月3日

                           

 2013年1月、OECDはWTOとの連携事業として、世界貿易を付加価値ベースで集計した新たな統計シリーズを発表した。その後の追加リリースを含めて、現時点では世界の主要57ヵ国(及びEU、ASEAN等)の付加価値貿易(物品・サービス)について、1995年、2000年、2005年、2008年、2009年における総額と18産業部門のデータが公開されている。従来の各国別輸出入統計は通関統計が基礎になって作成されているが、付加価値貿易統計は国際産業連関表をもとにしてかなり複雑な推計を行って算出したものと思われる。

 付加価値貿易統計は、これまでの貿易統計が提供するイメージとは異なった、より実質的な国際経済関係を示すことになる。たとえば、日本が中国に700ドルの液晶パネル(中間財)を輸出し、中国がこれを使って1000ドルのテレビ(最終製品)を製造して米国に輸出した場合、従来型の貿易統計では、日本から中国への輸出700ドル、中国から米国への輸出1000ドル、合計1700ドルの輸出が記録される。ところが付加価値貿易統計では、日本で創出された付加価値700ドルが、中国経由で米国に輸出され、中国は付加価値300ドルを米国に輸出し、合計1000ドルが計上されることになる。つまり、最終財の価額を付加価値ベースで創出国に分割し、そこから輸出された形に組み替えるわけである。

 

  • 貿易実態に近づける試み

 

今日のように工程間国際分業が複雑化し、サプライチェーンが国境を越えて肥大化した時代にあっては、中間財貿易額が何回も計上され、貿易額が過剰に記録されてしまう。重複計算を取り除き、より実態に近づけようとする試みとして、今回の新統計は大きな意義があると考えられる。これを用いた本格的な分析は今後の課題であるが、すでに新聞報道などで興味深い事実がいくつか指摘されている。たとえば、従来の貿易統計では日本の輸出先第1位は中国であるが、付加価値ベースでは米国が最大となる。また貿易収支では、米国、欧州に対する黒字幅が拡大し、逆にアジアに対する黒字幅は縮小する。日本が国内で消費する製品・サービスの付加価値のうち88%が国内で創出されており、この比率はOECD34ヵ国中の第1位という。

OECD事務次長の玉木林太郎氏(前財務省財務官)は、6月26日付「日本経済新聞」の「経済教室」に解説記事を寄稿し、日本貿易の新たな姿として3点指摘している。第一は、2国間貿易関係における従来型イメージとのズレである。すなわち、日本の輸出はアジア向けが米欧向けを上回る傾向があるが、付加価値ベースでは米欧向けが中心となる。第二に、日本の輸出に占める国外付加価値の比率はかなり低い。資源保有国はこの比率が低く、中間財を輸入する加工貿易型の国は高くなる傾向があるが、日本の場合は国内のサプライチェーンが発達しているといえる。第三に、サービス部門の付加価値創出への貢献が相当に大きく、特に製品開発、デザイン、マーケティングの役割が重要とする。

付加価値ベースでの個別的な分析もすでに行われている。たとえば、米国は2009年にアップル社のi Phoneを中国から19億ドル輸入したが、付加価値ベースでは中国はわずか7300万ドルで、日本6億8500万ドル、ドイツ3億4100万ドル、韓国2億5900万ドルといった構成になるという。付加価値ベースの情報は、国際経済における各国の地位の見直しに通じる。また、さらに進んで企業ベースで付加価値貿易情報が集積されていくならば、将来的には公正な(課税回避を防止する)国際課税システムの構築に可能性を開くものといえよう。(2013年6月、経済分析研究会メルマガ)

経常収支黒字の要因は何か

経常収支黒字の要因は何か

(『POLITICAL ECONOMY』99号、2017年9月)

 2017年1~6月の国際収支統計速報によれば、日本の経常収支黒字は10兆円を超え、年間では20兆円を上回る勢いである。過去を振り返ってみると、リーマンショック直前の2006、2007年に経常黒字が20兆円を超えたことがあったが、2008年以降は減少傾向をたどり、2014年には4兆円弱まで落ち込んだ。このままでは経常赤字に陥るかと予想されたが、2015年から急回復をして、2016年に20兆円を突破し、2017年はさらに伸びると推測される。

  経常収支変動の第一の要因は、これまでは貿易収支の動向であった。2007年の貿易黒字は14兆円に達し、経常黒字に大きな影響を与えていた。しかし、2008年以降、貿易黒字は減少を続け、2012~2015年は赤字を記録している。2016年以降は、原油価格の下落によって黒字に回復したものの黒字幅は大きくなく、もはや経常黒字の最大の規定要因ではない。また外国人観光客の急増によって旅行収支が黒字幅を伸ばしているが、これも経常収支を左右するほどの大きさではない。

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