バイデン革命とグローバル・デジタル課税の新局面

◆コロナ禍から「バイデン革命」へ

 コロナ禍を契機に、世界的に新自由主義、市場原理主義の見直しが進行している。WHOの提案するコロナワクチンの特許権停止は以前では考えられなかった策であるし、米英の増税政策への転換もそうである。特にバイデン政権は、1980年代のレーガン財政に始まった小さな政府路線を覆し、大きな政府路線に進もうとしている。

バイデン政権はまずコロナ禍対策の「米国救済計画」として、1人最大1400ドルの追加給付など総額1.9兆ドル散布を打ち出したが、これだけならばコロナ対策の大型財政出動として各国で実施されている。だが、バイデン政権はそれを超えてさらなる財政拡大を提起した。第一に、インフラ投資(道路・鉄道、EV設備、半導体供給網等)を柱とする2兆ドル超の「米国雇用計画」である。財源は法人税の増税であり、連邦法人税の21%から28%への引き上げ、多国籍企業の海外収益への増税などで15年間に2.5兆ドルの確保を目指すという。第二に、所得格差是正をねらった「米国家族計画」であり、10年間で財政出動1兆ドル(幼児教育、介護支援等)、子育て世帯減税8000億ドルを見込み、その財源として富裕層への増税(所得税、キャピタルゲイン増税等)10年間1.5兆ドルをあてるという。5月28日に公表された2022会計年度予算教書は歳出総額6兆ドルと戦後最大規模となった。

この「バイデン革命」、バイデノミクスともいわれる野心的な提案には議会、大企業、富裕層の抵抗が予想され、その通りに実現するものではないだろう。実際、法人税の28%への増税は25%に削減する動きも出ている。また、インフレ、金利上昇による混乱の懸念も指摘されている。とはいえ、減税、小さな政府路線が格差を拡大してきた現状を転換させる意義は大きい。加えて、法人税増税はOECDが提起している多国籍企業課税構想を前進させる画期的な意義をもっている。

 

◆OECDの多国籍企業課税構想の進展

 課税は1国主義が原則であるため、国外に事業展開する多国籍企業への課税をめぐっては長い歴史がある。20世紀には本社立地国と海外子会社立地国との間で二重課税問題が生じたため、これを解決する2国間租税条約が締結された。21世紀になると、経済のグローバル化、デジタル化によって、タックスヘイブンを利用した多国籍企業の課税逃れ、二重非課税問題がクローズアップされた。20世紀型の製造業中心の課税モデルでは、無形資産が価値を生むGAFAなどの新興デジタル企業の巧妙な利益移転作戦に対応できなくなったためである。

 2000年代初頭には、タックス・ジャスティス・ネットワークなどのNGOが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルに及ぶという推計を発表した。対策として、多国籍企業の利益合算課税(独立企業原則の否定)、法人税の最低税率の設定などのアイディアが早くも提出されていく。

2008年のリーマンショック以後、各国政府も問題の重要性を認め、本格的に取り組むようになった。ここで中心的役割を担ったのはOECD租税委員会である。2011年、財務省国際租税課長であった浅川雅嗣氏が租税委員会議長になり、その幹部会(ビューロー)で米国の委員が二重非課税を許してはならないと問題提起したことが発端であった(浅川雅嗣『通貨・租税外交』日本経済新聞出版、2020年、191頁)。OECD租税委員会は2012年に「税源浸食と利益移転」(BEPS)プロジェクトをG20と共同で46カ国の規模で開始し、2015年に15項目の行動計画を作成した。このなかには、多国籍企業に税務当局への詳細な経営情報の提出を義務づけるといった画期的な内容が含まれている。

 

◆巨大デジタル企業への課税

2016年以降、BEPS行動計画で積み残されたデジタル課税問題についてBEPS包摂的枠組み会合(IF)が組織され、参加国は140カ国・地域へと拡張した。この取り組みのなかで、巨大デジタル企業への課税方式として、利用者の企業利益への貢献度に応じて各国で課税する英国案、収益を生む無形資産が作られた国で課税する米国案、売上高・資産・従業員数などに応じて各国で課税するインド案の3案が提起され、2019年10月には米国案をベースにして、連結売上高7.5億ユーロ以上のグローバル企業を対象にして、3段階で課税する方式(1.通常の利益率10%を超過する無形資産による利益を抽出、2.その利益を各国の売上高に応じて分割、3.分割された利益に対して各国で課税)にまとめられた。また、それに合わせて、タックスヘイブン対策として、各国共通の法人税最低税率を設定する案も提起された。

これらの案が2020年には正式に140カ国の間で合意されるはずであったが、2020年1月、米国が現行課税方式と新方式を企業が選択できるとする提案を持ち出し、合意は遠のくことになった。これはトランプ政権の米国第一主義を反映した提案だが、この結果各国がばらばらにデジタル課税を導入する動きが強まっていった。

こうして2011年以来のOECD租税委員会の取組みは中断しかけたが、バイデン政権の登場により、米国国内の法人税引上げに合わせて、国際最低税率の設定、グローバル企業への新課税方式が復活することになった。米国は最低税率を21%とする案を示したが、アイルランドなど低税率国の反発に配慮して15%へと下げるもようである。グローバル企業への課税では、売上高100億ドル以上、利益率15~20%以上などの基準で世界100社程度を想定した提案となっている。

この提案に対して、最低税率は15%では低すぎる、対象企業が100社では少なすぎるなどの批判が寄せられている。2021年中の合意に向けて各国政府・NGOの間で折衝が進行するだろう。

 

◆グローバル税制への第一歩

 GAFAの課税逃れは巨額である。世界の主要企業5万社の平均税負担率25.1%と比べて、15.4%と6割しか負担していない(日経新聞2021年5月9日)。米国をはじめ各国が新方式に取り組むのは、グローバル企業の課税逃れへの対策を確立し、増税政策を全体として推進していくためだろう。

 米国の新提案は不十分だという批判もあるが、長期の視点でみれば、新方式は国際法人税の課税原則の大転換を意味している。もちろん、旧方式は存続しており、新方式はごく一部に導入されるにすぎないが、少なくともグローバル企業への課税が1国主義から多国間主義へと転換することは、グローバル税制への一歩前進を意味する。

 企業活動のグローバル化に対応して、課税権力もグローバル化する必要がある。その方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあるといわれるが(諸富徹『グローバル・タックス』岩波新書、2020年)、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。第2ルートについては、EUが近い将来財政同盟をつくるとしても、それは国民国家の拡大であって超国家機関とはいえない。第2ルートは第1ルートが実績を積み上げた後に、いずれ姿を現すことになるだろう。

(POLITICAL ECONOMY, No.190, 2021年6月1日に加筆)