グローバル税制の現在地

高市政権が様々な経済政策を打ち出すなかで、金融所得課税、法人税の租税特別措置の見直しなど、ようやく消費税以外の税制への関心が高まってきた。しかし、依然として内向き志向が強く、世界的に進行している国際課税制度の改革問題についてはほとんど話題にならない。以下では、最近のグローバル税制改革の動向について、三つの側面から整理してみたい。

 

◆BEPSから国連枠組条約へ―グローバル法人税改革

 21世紀に入り、経済のグローバル化、デジタル化が進む中で、グローバル企業のタックスヘイブンを利用した課税逃れが横行し、従来の国際課税制度では対応できなくなった。OECDは2012年にBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、G20との共同の取組として、2015年には15項目の行動計画を作成した。それに基づき、2016年に多国間BEPS条約が締結され、加盟国・地域は2025年11月時点で107に達した。その成果は多方面に渡るが、グローバル企業に国別報告書を提出させるなど、情報開示が義務付けられたことが重要だ。

 その後、残された課題に取り組むべく参加国を増やしてBEPS2.0(包摂的枠組)交渉が進められ、2本柱のグローバル法人税改革案が作成された。しかし、第1の柱(デジタル企業への課税権を市場国にも配分)は米国が拒否したため多国間条約が成立せず、行き詰まってしまった。第2の柱(グローバル・ミニマム課税)は法人税の世界共通最低税率15%を設定するもので、日本を含む各国は国内法を改訂し、実施過程に入った。ところが、これに対しても米国が異議を唱えたため、G7は米国企業を対象外とする便宜的対応をとり、改革の意義は骨抜きにされた。

 こうした先進国主導のBEPSプロジェクトに対して、グローバルサウスは国連のもとで改革に取り組むべきと主張し、2023年末の国連総会で「国際租税協力に関する国連枠組条約」の促進が決議された。2024年の準備プロセスを経て、2025年から3年間の政府間交渉が始まり、11月にはナイロビで第3回会合が開かれている。当面の目標は、枠組み条約本体および国際デジタルサービス法人税、租税紛争の予防・解決という二つの議定書の採択だ。この交渉が開始された直後、米国は交渉からの離脱を表明している。これは交渉を進めやすくする反面、成果に実効性をもたせる点では問題が残るだろう。

 

◆超富裕層課税—グローバル所得税・資産税改革

 2024年7月、ブラジルで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議において「国際租税協力に関するリオデジャネイロ宣言」が採択された。そこで注目されたのが、超富裕層に対する国際協力に基づく課税だ。これはフランスの経済学者ズックマンが提出した報告書に基づく宣言であり、要点は次のようなものだ。世界で10億ドル以上の資産をもつ個人は約3000人、総資産額は14兆ドルに達する。ここから生まれる所得に年2%課税すると約2000億ドルの税収が得られる。この額は世界のODA総額に匹敵するほどの規模であり、さらに対象を1億ドル以上の資産家に広げ、税率を3%に上げれば、税収約6000億ドルにのぼると見込まれる。

 この課税方式は所得税の形をとっているが、実質的には資産税だ。実現のためにはグローバル富裕層のデータベースが必要になる。それには各国税務当局の国際協力が欠かせないし、富裕層が軽課税国に住居を移しても捕捉できる仕組みも必要だ。早期に実現するものではないが、そうした議論が出てきたこと自体、画期的と評価できる。

 

◆グローバル連帯税の現状

 グローバル税制改革の議論は、現時点では、課税対象はグローバルであるとしても、税収は各国が取得する前提で進められている。これに対して国際連帯税(グローバル連帯税)は税収の使途をSDGsなどグローバル課題に向けるという構想だ。2006年に導入された航空券連帯税は税収を国際機関が管理し、国際保健分野に投じるという唯一実現している連帯税だ。しかし、この施策の推進役だったフランスは、航空券課税の税率を引き上げるとともに、税収を一般財源にする方針に転じた。この決定は航空券連帯税の推進にとってマイナス効果を生むだろう。一方、日本では航空券課税は国際観光旅客税(出国税)として実現し、その税率引き上げが議論される状況にある。この際、国際観光が感染症を拡大させる点に注目し、税収の一部を国際保健分野に向けることを検討すべきではないか。

フランスには別の動きもある。2024年、フランス、ケニア、バルバドス政府の呼びかけで「気候・開発・自然のための国際課税に関するタスクフォース」が組織された。気候変動などのグローバル課題の財源調達を目的とする構想であり、スペイン、アイルランド、コロンビアなどが参加を表明した。課税案として、航空旅客税、富裕税、航空燃料税、化石燃料生産者課税などがあげられている。

その延長上に、2025年6月の国連第4回開発資金国際会議(スペインのセビリア)に合わせて、フランス、ケニア、バルバドス、スペインなど8カ国が、「プレミアム旅客への課税を求める連帯連合」を発足させた。これはファーストクラスやプライベートジェットを利用する富裕層に的を絞り、グローバル財源の獲得を目指す試みであり、今後国際社会でどれだけ賛同を集められるか注目される。

(POLITICAL ECONOMY, No.372, 2025年12月1日)